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珠かな子 改名記念展 「マタギタマ」2016.05.06ー15 神保町画廊

今回の展示より「村田タマ」改め「珠かな子」に改名いたします。

自分の命を晒して猟をする。そして命に敬意をはらって食す。
そういった原始的な事が好きなのと、それを形成する「強さ」というものに憧れを抱く。
私にとって強さの象徴が「熊」で、それに対峙する存在がマタギだ。
マタギとは、鬼のまた強いという意味から「叉鬼」と書く。

昔読んだ説話で、寺院を未来永劫守りたいという強い意志から、人が鬼になり守り続けたという話があった。真っすぐな鬼を美しいと思い、私は不老不死の鬼になりたいと思ったし、鬼のまた強い叉鬼にもなりたいと思った。

強いものは美しく気高い。
私にとっての少女や女性も、強く、美しく、気高い生き物だ。
少女から大人になり、子を孕み産む。その子がまた未来へ引き継ぐ。
少女も熊も、強く尊い
そしてなにより、その二つは可愛いのだ。

熊と少女という不思議な組み合わせかもしれないけれど、ただ素直に生命の強さと可愛さを伝えたい。

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村田タマ写真展「いまは、まだ見えない彗星」2016.1.15-31神保町画廊

「少女の瞳には星が瞬く」そんな思いで少女に擬態し、おとぎ話のイメージのセルフポートレートを2012年より撮り始めた。
私にとって「少女」は強さと気高さの象徴であり、祈りであり、信仰だ。
その少女信仰のもとで、被写体が自身であるということは常に私を追い詰める。
セルフポートレートは沼で、作品は私の膿だ…沼でもがく程に深みにはまる。だが「少女」に夢を抱く私は、その沼の何処かに光があるように感じ、沼は宇宙なのかもしれないという錯覚を抱くのだ。

彗星は綺麗だけど、氷の粒と塵の集合体だ。作品は私の膿であり塵だが、塵が積もれば彗星になれるかもしれない。

沼の出口はまだ見えないけど、いまはまだ見えない彗星と同じように、いつかは太陽と地球の距離によって、光輝いて見えるかもしれない。

また、近しく終わる少女に擬態するセルフポートレートを、瞬いて消滅する彗星に喩えたくなるのだ。

文:村田タマ

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村田タマ写真展「おもちゃ箱」2014.10.10-10.19神保町画廊

いつもの童話や物語をイメージした作品とは違い、ポップでキュートな村田タマワールドの展示。

楽しげな空間でありながら、どこか悩ましい表情の写真が多いのは、カメラを通じて己と向き合う「苦悩」があるからだ。生きること、生み出すことの喜びと辛さを抱き、カラフルな世界に村田タマがどろどろと溶け込んでいく。
涙とともに溶けた海の底には、いつも「希望」があるからだ。

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村田タマ写真展「玉手厘」2012.9.12-9.29神保町画廊 デビュー

自分の幸せな少女時代に別れを告げるために「大人になる為の通過儀礼」として、自身を「少女」として被写体にし、作品ひとつひとつに魔法をかけながら制作している。作品は手作りの小物たちを使いながら、自らを被写体として童話のような世界を描く、イノセントな作家。写真家・村田兼一のもとでモデルとアシスタントをしていく中で、2012年より自身でも作品を作り始める。タマがスカートをたくし上げると星屑のように色々な物語がこぼれ落ちた。少女が見る夢と、ほろほろと零れ落ちる涙と、薔薇色に色づく頬の赤らみを、手探りで掻き集めたのが『タマテバコ』だ。蓋を開けると年老う呪いの箱に、タマは開けると少女に戻る呪いをかけた。あなたは箱の中にどんな宇宙を見るだろうか。(文・村田兼一)